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フィリピン人と話すわたし

最近、思い立って英語の復習をしている。
私の英語はパワーイングリッシュで、通じはするけれども、あまりお品がよろしくないことは、自分でもわかっている。スカイプを使った英語スクールがあるので、いろいろと調べて始めたところだ。

オンライン英語スクールは、フィリピンとつながっているところが多く、私が選んだところもそうだ。
人件費を考えるとフィリピンはコストパフォーマンスがいい。それに、ちゃんとした教育を受けた人ならば、訛りもほとんどない。
最近は、語学留学は英国やアメリカは費用がかさむので、フィリピンが地味に人気があるともきく。

それに、私がいいと思うのは、フィリピン人のとても明るい国民性だ。
語学の勉強は、楽しくないと続かないので、これは重要。

ところで、日本の公立中学・高校の英語教員にとって英検準1級が高いハードルだという記事を読んで、びっくりした。
私は高校にほとんど行っていないので、言えた義理ではないのだが、生徒の皆さんはしっかりお勉強はなさっているのだろうか、と心配になってしまう。
英語は、フィリピン人の教員についてもらったほうがいいんじゃないだろうか、とも思う。

だが、そんな人のことより、まずは自分のパワーイングリッシュをなんとかせよ、と自分に言い聞かせる今日この頃。

ニッポンの飛行機

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久しぶりに国内線に乗るために羽田空港に行った。
搭乗までまだ時間があったので、展望台へ。すると、バズーカのような大きなレンズつきのカメラを構えた人がいっぱい。ゴールデンウィークだから、皆飛行機を撮りにきたのかと思ったのだが、それは早合点だったようだ。

フェンスにずらりと並んだ「カメラマン」たちの間に、隙間があったので、そこに入れてもらって飛行機を眺めた。
すると、隣のバズーカ砲似のカメラを持ったお兄さんが、さっとカメラを構えた。
目の前では、エア・ドゥの機体がゆっくり動いている。ははぁ、エア・ドゥのファンか、と思ったら、お兄さんのバズーカ砲似のカメラは、さらに遠くを狙っている。
あの尾翼の赤丸は・・・ 政府専用機だ。

私は今回、安倍首相が乗った政府専用機を見たわけだが、政府専用機を見るのはこれで三回目になる。
前は、二回ともプラハで見た。一度は、天皇皇后両陛下、もう一度は小泉首相(当時)だ。
あのとき、政府専用機を見た感激は忘れらない。母国の政府専用機についた日の丸は、なんと安心するものか。外国で暮らしていると、いつもどこか緊張しているのだが、その緊張がふっと緩むのだ。

政府専用機は、もうずいぶん古いと思う。今度、新調するとのことだが、よいものにしてもらいたい。
例えば、サミットなどの際、各国の政府専用機がズラリと並ぶことになる。そのときに、あまりにもボロボロの飛行機が駐機しているのはどうだろう。

今回は、バズーカ砲似のカメラを持ったお兄さんがいたので、政府専用機を見ることができてよかった。
もし、彼らがいなかったら、知らずにそのまま搭乗ゲートに向かうところだった。
バズーカ砲似のカメラを持ったお兄さん、ありがとう。

パイロットの憂鬱

先月24日、ジャーマンウイングスのエアバス機が南仏で墜落した。
私はドイツのニュースをチェックしていたのだが、墜落のニュースが流れた当初は、古い機材であったことが原因のように報道がなされていた。実際、かなり古い機材だった。事故機は1991年製。1991年といえば、ウィンドウズ3.0のころだ。
ところが、一転。副操縦士の仕業だという。
精神を病んでいたのだとか。そして、そのことを誰も知らなかったのかというと、そうでもないことがわかってきて、航空会社の経営側がどんどん追いつめられている格好になっている。

ジャーマンウイングスの親会社は、ご存じルフトハンザだが、以前はそれほどストライキはやらないイメージがあったのだが、ここ数年ストライキが増えてきている。去年は、パイロット組合のストが相次いだ。
ストの理由は、年金制度の改悪だときいた。
スタッフの待遇が悪くなっているらしい。

ルフトハンザは、パイロットだけでなく客室乗務員の待遇にも手を付けている。LCCの登場により、航空券
値段が下がり収益が減ったからとのこと。
パイロットもそうだが、客室乗務員の組合もホームページを持っていて、様々な情報を発信している。
2012年9月のときのストライキについて、客室乗務員は、乗客にメッセージをだし、その中で安全性についても言及している。残念ながら、原文はすでに削除されてしまっているが、そのとき私が意訳したものがあるので、ご紹介しよう。

「アタシたちは、13カ月も経営陣と交渉してきました。クソたわけな投資をして、金が不足したら、アタシたちの待遇に手をつけやがった。ざけんじゃないよ。プロの保安要員としての誇りがあるのに、単なる空飛ぶウェイトレスになれってゆうの?悪いわね、アタシたち、ぶちかますから、よろしくね」

今回、精神を病んで飛行機を墜落させた副操縦士ばかりが責められるのだろうか?


千の窓を持つ街

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ティラナへいったとき、日帰りでベラトにも足をのばした。時間の都合もあり、ドライバー・ガイドを雇った。
ドライバー・ガイド氏は、気の良い青年で、英語を勉強して観光の仕事についているというプライドを持っていた。

アルバニアは、まだ発展途上であるものの、立派な高速道路もある。
ここでは、私のインチキくさいスラブ語がまったく通じなく、仕方がなく英語が通じるところは英語で、それもだめなときは、日本語とボディランゲージで、現地の人となんとかコミュニケーションをとった。
ガイド氏によると、この国ではイタリア語がけっこう通じるそうだ。海を挟んだ隣国がイタリアで、歴史的なことがあるからとのこと。
途中で寄ったドライブインで、さっそく私が知っているイタリア語を駆使してコーヒーを注文したら、英語で返事が返ってきて、なんとなく気まずかった。だが、エスプレッソはイタリア式で、まずまずのお味。

ベラトでは、ベラト城が最大の見所。城跡には、人が住んでいたり、レストランがあったり、博物館があったり。
オトーサンのパンツがひらひらと干してある世界遺産とは、珍しい。
城内の博物館は、そんなに期待していなかったが、すばらしかった。
オノフリ・イコン博物館というのだが、正教のイコンがきれいに残っている。
ここは、博物館専門のガイドというか学芸員さんがついてくれ、学芸員さんのアルバニア語をガイド氏が英語に訳し、それを私は日本語に脳内翻訳をするという流れだった。私のほかに、取材中の現地のジャーナリストもいて、一緒に話をきいた。
ところが、ガイド氏が私に英語で説明をしたとたん、学芸員さん、ジャーナリスト氏、両者から、英語でツッコミが入った。どうやら、訳し間違いがあったようだ。そして、学芸員さんは、私のためにアルバニア語のあとに英語でも説明をしてくれ、それがガイド氏より格段に上手な英語だった。
ガイド氏は、気まずいのでは、とは思ったが、「あっはっはー、彼は英語を話したねぇ」とあっけらかん。
さすが、海を挟んではいるものの、イタリアの隣国だと思った次第。

アルバニアでバレエ

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もう帰国してから二週間以上たってしまったが、ウィーンからアルバニアに行ってきた。
ウィーンからは、ティラナへ直行便があるのだ。
アルバニアといえば、25年前くらいまで鎖国をしていて、その後、国ごとねずみ講にひっかかるという、どこから突っ込んだらいいのかわからない国だ。
ウィーンの空港のゲートで、アルバニア人がたくさん搭乗を待っており、私もその中に紛れ込んでいたわけだが、皆空港スタッフとはドイツ語で話していた。おそらくは、移民だろう。こんなにオーストリア(もしくは近隣の国)にアルバニア人がいるのか!と驚いた。

いざ、ティラナへ着き、その晩はオペラ座でパレエがあることをチェックしていたので、さっそく出かけた。チケットは、バカ安だ。日本円で500円くらい。
ところが開演前にオペラ座に行くも、誰もいない。オペラ座スタッフが、私の姿に気付き、中に入れてくれたものの、コートを預けるクロークがない。仕方なく、コートを持ったまま「あっち」と指さされるほうに行くと、社会主義テイストあふれるホールだった。
もしかして、観客は私一人か、と誰もいないホールにポツンと座っていると、ガヤガヤと観客登場。西側の某銀行のバッジを付けた若い女性が、ここに座って!などと仕切っているので、もしかしたらお得意様のサービスなのかもしれない。

演目は「コッペリア」。生演奏ではなく、テープだったが、ダンサーのレベルはとても高い。
だが、観客のマナーが最悪。最初は、ムッとしたが、あまりにもあまりなので、もうあきらめた。
おしゃべりはもちろん、携帯電話で舞台を撮影するのだ。それも、複数で、暗くなった客席に
携帯の液晶がチラチラする。
そして、オペラ座の係員のオバサマが、その都度注意をしに通路を横切り、オバサマの見事な体格で視界が遮られるのだ。

ダンサーたちは、舞台から、客席の様子はわかっていたと思う。
それでも、見事に踊りきったのだ。ブラボー!
たぶん、彼らはウィーンやハンブルクに行きたいと思っているだろうな・・・ と考えながら、ホテルに戻った。

ウィーンのオペラ座の怪人

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先日、ウィーンから帰ってきた。今回は、ラッキーなことに、二回もウィーン国立オペラ座でオペラを見ることができた。
そのうち一回は天井桟敷。舞台の半分が見切れて、ときどき体をぐっと伸ばして、舞台全体を眺めるというかんじ。安い席なので、仕方がない。少々難あり、というやつだ。
そのとき、私の隣に地元の大学生兄弟が座っていて、字幕の機械のことで話したこともあり、少し仲よくなった。一幕が終わり、その休憩後、兄弟の隣の席の人が戻ってこなかった。一幕で十分だったのか、気分でも悪くなったのか。そこで、会場が暗くなってから、お互いに目配せをし、「おい、ずれようぜ」と二席ずつずれた。同じ値段の席だが、ずれたほうが、やや舞台が見やすくなるのだ。
そして、必然私の席が空いたのだが、そこに立見席にいた若い女性がパッっと座った。「ラッキー!」というようなものだろう。もちろん、劇場係員に見咎められたら、元に戻される。

ところで、この水曜日、もっと大物が捕まった。
12ユーロのチケットを買って、139ユーロの席に座っていた63歳(男)が警察に捕まったのだ。
しょっちゅう同じことをしていたそうで、オペラ座でもマークしていたらしく、今日がXデーと決めて、警察を呼んでスタンバイしていたのだとか。ニックネームもついていて、それが「オペラ座の怪人」。
パリのオペラ座の怪人はドラマチックだが、ウィーンのオペラ座の怪人はずいぶんセコい。
ちなみに、ウィーンのオペラ座の怪人は、ずいぶんオペラ通、バレエ通だったようで、捕まった日も、ジョン・ノイマイヤーのバレエを見ていたらしい。

LCCだから?

年も押し迫ったところに飛行機事故。
LCCの雄、エアアジアだ。ジャワ海で飛行機の残骸とご遺体が見つかったという。
ご遺族のお気持ちはいかばかりか。合掌。

日本ではそうでもないが、英国籍の乗客がいるからから、英国でもニュースがたくさん流れているようだ。
乗客リストやお元気なころの乗客や乗員の写真を載せているサイトもある。
リンクを貼ったが(↑)、見るときには注意してほしい。最初のページには載っていないが、各写真をクリックすると、別の写真がでてくるようになっていて、中にはご遺体の写真もあるようだ。私はクリックしないようにしているが、コメント欄に「ご遺体の写真を載せるなんて、恥知らずな!」という書き込みもある。

エアアジアは、LCCの中では、とてもがんばっている。今回の事故は、非常に残念だが、LCCだから墜落したと言われないだろうか。コスト削減のために、LCCは空港での駐機時間を最短にしているはずだ。まだフライトレコーダーが見つかっていないようなので、何とも言えないが、安全管理は大丈夫だったのだろうか。
安いことは本当にいいことなのか、それを知りたい。

今年は最後のニュースが悲しい。来たる年は、よい年でありますように。

仁義なきキティちゃん

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台湾話の続きである。
台北へは、エバー航空ご自慢の「キティちゃんジェット」で行った。
わざわざこれに乗ろうというわけでなく、たまたま空席を見つけたので、予約しただけだ。
もちろん商売柄、あらかじめ私が予約した便は、キティちゃんの柄が機体についていることは知っていた。だが、予備知識なしに、あの飛行機に乗ったらビックリしただろう。

すでに、定期線としては退役してしまっているが、全日空の「ポケモン・ジェット」には乗ったことがある。
機体にカラフルなポケモンのイラストが描かれ、ちびっこたちは大喜び。機内では、座席のあたまのところにかかるカバーもポケモンの柄にしてあったと思う。そのほかは、通常通りの全日空、というところだった。
だが、キティちゃんは、ポケモンを軽く凌駕する。

機体にキティちゃん、座席のあたまのところにかかるカバーやまくらカバーもキティちゃん。これは、想定内。
だか、パーソナル・モニターに、一斉にキティちゃんのアニメーションが流れている様子は、後部座席から見ると圧巻だ。ふとみると、座席前のポケットから、なにやらピンクのものが飛び出している。引っ張り出すと、「安全のしおり」だった。キティちゃんのピンクのリボンがあしらってあった。
機内食が配られ、びっくり。カトラリーにまで、キティちゃんがついているし、メインのミールには、ニンジンをキティちゃんのリボンの形に抜いたものがのっている。

洗面所にいくと、備え付けの紙コップ、トイレットペーパーまで、キティちゃんの柄。
ここまでくると、天晴。
私の隣りは、団塊世代の紳士だったが、ごく普通にふるまっていた。
エコノミークラスだけでなく、ビジネスクラスもキティちゃん度は、同程度とのことなので、出張で乗る方は、慣れるまでちょっと大変かと思う。
それでも、台湾人や日本人は、キティちゃんをよく知っているので、まだいい。
キティちゃんの機材は、パリにも飛んでいる。パリでも、キティちゃんは人気があるとのことだが、まだ知らない人も多いだろう。
フランス人ビジネスマンが、予備知識なしで、この飛行機に乗ったら、一撃だと思う。
性別年齢国籍など関係なく、すべて同じサービスだ。

また、台北でのチェックインは、松山空港ならまだいいが、桃園空港だったら大変だ。
専用のチェックイン・キオスクができていて、それがまるで、ファンシーショップの入口のようになっているのだ。
どんな紳士であろうとも、容赦なし。おそるべし。キティちゃん。

台湾のネコ村

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3日間で台北に行ってきた。今回は、エステにも夜市にも行かなかった。
前から行こうと思っていたところがあり、そこ目当てだ。

それは、猴硐(ホウトン)。
かつては炭鉱で栄えたものの、廃れ、ネコがたくさん住みつき、逆転の発想でネコで観光客を呼び込もうとしている実にポジティブな村だ。
ようするに地域ネコがたくさんいるわけだが、あいにく雨だったので、ネコはいないかと思いきや、いた。
猴硐駅にかかる橋から、当然のごとくいた。

ネコ・エリアまで歩いて行くと、ソーセージの屋台やらでていて、商売っけもあり、なにより。
雨だったので、屋内にいるネコが多いらしく、観光客に愛想よくしてくれるネコは、思ったよりは多くなかったが、よく慣れていて平気で撫でさせてくれる。しっぽを、ぴんと立てて寄ってくれるネコもいる。
村ぐるみのネコ・カフェといったところだ。

洒落たお土産ショップがあり、中でもネコがくつろいでいて、お店の人は平然としている。いつもの光景なのだろう。
何か買って、ここにお金を落としてゆきたいと思ったのだが、困ってしまった。
お土産ショップに置いてあるものが、日本からの輸入が多いのだ。私は、欲しいものというよりも、台湾製のものを探し、結局、髪ゴムを買った。
日本人客は、ほとんどおらず、台湾人客ばかりなので、この品揃えでいいのだろうが、台湾製のいいネコ・グッズに期待したいところである。

猴硐へは台北からは、瑞芳(ずいほう)でローカル線に乗り換えてひとつ目。瑞芳は、九份へのバスもでているので、1日で猴硐でネコをみて、九份にも行くことができる。
ところで、瑞芳の九份ゆきのバス停が、最近かわっている。駅前に、バス停はあるけれども、ここではない。駅を背にして、左手の道をずっと行く。警察署があり、そのとなりの広場に新しいバス停ができている。

台湾に行ったあとは、いつも思うのだが、今度はいつ行けるだろうか。
近いうちに、また行きたい。

各国のPR合戦とジャーナリズム

『戦争広告代理店』の高木徹氏の最新の著作を、遅ればせながら読んだ。
今度のタイトルは『国際メディア情報戦』。
『戦争広告代理店』のネタ収集の種明かしもしてあって、前作の続編としても読めて面白い。
あいかわらずシャープな文章で、とても読みやすい。

内容は、CNNなどで流れるニュース、また世論は操作されているということ。
情報は大切だとつくづく思う。
私は、インテリジェンス云々については、もちろん素人だが、情報の接し方には、気を付けなければ、と改めて思う。能天気に、マスコミの報道を頭から信用してはいけない。

高木徹氏は、渋いところで『外交』という雑誌にも、寄稿しておられ、今話題のイスラム国についての、彼の見解はここで読むことができる。

ところで、高木氏のような立派なジャーナリストがいる一方で、情けないジャーナリストもいる。
『創』が作家の柳美里女史にずっと原稿料を支払っていなかったという。
編集長は、社会派のジャーナリスト。作家の文章は商品で、その対価を支払うのは当然だと思うのだが……。
私が学部の学生のとき、一般教養の科目でジャーナリズムの講座をとったことがある。
どこかの社会派雑誌の編集長が、講師として来てくれたのだが、一年のうち、講義は数えるほど。ほとんどが休講だった。適当にレポートをだせば単位はもらえたので、学生からは特に文句はでなかったし、私も図書館で『宝島』を読んでいたほうが楽しかったので、何とも思わなかった。ただ、何の授業だったかは、いまだに謎だ。講師は、しっかり給料はとっていただろう。
『創』の編集長と、このときの講師が妙にかぶる。何とも、だらしない。


国際メディア情報戦 (講談社現代新書)

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  • 作者: 高木 徹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/01/17
  • メディア: 新書



ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)

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  • 作者: 高木 徹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/06/15
  • メディア: 文庫