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大晦日の出来事

去年のクリスマスイブの朝、私はウィーンにいた。
前日までまったく姿が見えなかった武装した警官が、街中に立っているのに気付いた。
警官同士、なかよくおしゃべりをしているので、緊張感はゼロだが、何かヘンだとは思った。
そうしたら、オーストリア当局がヨーロッパのどこかでテロが計画されているという情報をGETしたとか。
オーストリアは冷戦時代からスパイのメッカ。その後、ブリュッセルでテロリストの逮捕劇があったので、どうやら標的はウィーンではなかった模様。だが、警備してもらえるのはありがたい。

ところで、大晦日のドイツはひどかった。世界遺産の大聖堂で知られるケルンは、私がボンにプチ語学留学をしていたときに、しょっちゅう通っていた大好きな街だ。ここで、多くの女性が襲われたという。今まで考えられなかったことだ。そして、容疑者18人は亡命希望者だという。
まだ10代の女の子も強姦されたときいて、私はドイツ人ではないけれども、無節操に難民を受け入れた能天気さに怒りを感じる。
(ここにリンクを貼りますが、閲覧注意です)
(こちらは動画。同じく閲覧注意です。)

ご年配の方、お子さん、女性、怪我や病気の方などの難民は、保護すべきだと思う。
そして、そういった方々を受け入れるドイツ国家には敬意を表する。
ただし、今回は保護すべきでない人物も少なからず含まれている。
シリアには、きょうだいに男性が1人しかいない場合をのぞき、期間一年半の徴兵制がある。跡取りがひとりしかいない家庭をのぞき、シリアの壮年男性は、すべて軍事訓練を受けている予備役軍人だ。
ドイツ国民は、このあたり、どう考えるのだろうか。

アデーレに会いたい

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私がウィーンにいた2006年のことだが、クリムトの「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」がウィーンから、アメリカへ移動した。街中あちこちに「さようなら、アデーレ」と書かれたポスターが貼ってあった。
私は、この時期、クリムトの絵を見にベルベデーレ宮殿に行ったのだが、すでに「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」はなかった。
それ以前に、幾度となく見ている絵ではあるのだが、アデーレに「さようなら」が言えなかった。

ずっと気になっていたのだが、先週、ようやく「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」に再会できた。
今は、ニューヨークのノイエギャラリーにあるのだ。
ウィーンのベルベデーレ宮殿にあったころの「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」は、広いスペースをとって、シックな壁にかけられていたものだが、ノイエギャラリーでの扱いを見て愕然としてしまった。
狭い部屋に、安っぽい板が貼られ、そこにかけられていたのだ。

今、「黄金のアデーレ 名画の帰還」という映画が上演中で、私も見てきた。
正直、なんだかしっくりこない作品で、どうしてだろう、と考えたのだが、スピルバーグの「シンドラーのリスト」と同じ匂いがするからだと気が付いた。
エスティ・ローダーの子息であるロナルド・ローダーが、アメリカにきた「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」を1億3500万ドルで買い、ニューヨークのノイエギャラリーにおさめている。映画では、ローダーの購入額のことなどでてこない。

ノイエギャラリーで再会したアデーレは、私にはとても悲しそうな顔をしているように見えた。
ウィーンにあったほうが、大切にしてもらえただろうに。

床屋さんとわたし

最近、床屋さんに何度か行った。
小学生以来だから、なんだか新鮮だ。小学生のときは、父と近所の床屋さんに通い、ちびまるこちゃんよろしくオカッパ頭をキープしていたものだ。

近頃の床屋さんでは、女性客を呼び込もうとしているところがある。私が出かけたのはそういったところ。
美容院では顔剃りはやってもらえないので、時々専門のサロンに行っていたのだが、床屋さんでもやってもらえるとのこと。
さっそく行ってみると、女性理容師さんが担当してくれ、女性客を意識したのか、カーテンをひいて個室状態にしてくれるというサービス。最近はじめたサービスらしく、店長らしき人がこちらを気にしているのがわかった。
もちろんプロの技できれいにしてもらった。それに専門のサロンより、ぐっとリーズナブル。これは、口コミで利用客が増えると思う。

別の床屋さんにも出かけた。髪を染めてもらおうと思ったのだが、近所の床屋さんが女性客も対応し始めたので試しに行ってみたのだ。
床屋さんで、ふだん美容院でやってもらうカラーリングをしてもらうというのも変な感じだが、余計なサービスは一切なくすがすがしい。髪を洗って乾かすときも、ブラシをいろいろ使いわけてブローするなんてことはせず、手ぐしでガーっと乾かしてゆく。ちびまるこ時代の床屋さんと一緒で、なんだか懐かしい感じ。

女性でも床屋さんはけっこう使えるんだなぁ、と最近気が付いた次第。

ヨーロッパへ向かう難民

先週末はヨーロッパは大混乱だった。
ハンガリーのブダペストにたどり着いたシリア難民がドイツを目指したからだ。
ずいぶん前から、シリア難民は、ギリシャなどに辿りついていたのだが、その時はニュースの片隅にひっそりという感じで話題にもならなかったと思う。
彼らは、マケドニアやセルビアなど、バルカンの国を北上してゆき、ハンガリーへ。
そして、目指すドイツが身近になったというところで、急に大きなニュースになった。
ニュースを「西側」から発信するからだろうか?
マケドニアやセルビアも、あまりにもたくさんの難民に困っていたが、さほど大きなニュースにはならなかった。

彼らがなぜドイツを目指すかというと、難民を受け入れるということに加え、お金までもらえるからだ。
命からがら逃げだして、やっとたどり着いた国。ここから、さらに過酷な旅を続けるよりも、最初にたどり着いたギリシャなりで難民キャンプをつくるほうが合理的だと思うのだが、ギリシャでは嫌らしい。
これから、EU内で分担して難民受け入れをするとのことだが、希望ではない国に割り振られて混乱は起きないか心配になる。
それに、ドイツも、裕福な国ではあるけれども、無尽蔵に金があるわけではない。
旧東ドイツは、貧しい地区もあり、昨今その不満が移民に向けられて問題になっている。
困っている人に手を差し伸べるのは、人として当然のことだけれども、難民がその標的にならないことを願うばかりだ。

フィリピン人と話すわたし 2

オンライン英語スクールは、ちゃんと続いている。
フィリピン人は明るいので、話していて楽しい。
スカイプは、天候が悪いと接続がよくないということを初めて知った。
ヘッドホンから聞こえてくる講師の声の向こう側で、雷がゴロゴロしているとパシッと接続がダウンしてしまうことがある。そういう場合は、再接続して、レッスン再開だ。

英語を再勉強していると、今まで気を付けて考えなかったけれども、日本は英語を学ぶ環境が整っていると思う。
私が中学生で英語を勉強し始めたころは、学校のほかはNHKの語学講座くらいしかなかった。
NHKの講座は素晴らしいのだけれど、英語に触れるチャンスとしては少ない。

オンライン英語スクールの講師に勧められたのが、ポッドキャストの「TED」だ。
何だろうとおもったのだが、これはNHKのEテレのスーパープレゼンテーション。私は、ときどきぼんやり観ている。
ポッドキャストにもなっているとは知らなかった。さっそく見始めたところだ。

それに、英語の本もたくさんある。
どれを選んだらよいのか、サッパリわからないくらいたくさんあるが、NHKの語学講座に登場する大西先生
説明がわかりやすいので、先生の本を一冊読んでみた。
もう10年くらい前の本だが、面白い。受験英語で習った文法をことごとくぶった切っているのだ。

語学は、使えなくては、いくらテストの成績がよくても仕方がないものだし、その勉強も楽しくなくては続かない。
今の日本は、勉強しようとすると、とてもいい環境にあるのだと、今さながらに気が付いた次第である。


ハートで感じる英文法―NHK3か月トピック英会話 (語学シリーズ)

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フィリピン人と話すわたし

最近、思い立って英語の復習をしている。
私の英語はパワーイングリッシュで、通じはするけれども、あまりお品がよろしくないことは、自分でもわかっている。スカイプを使った英語スクールがあるので、いろいろと調べて始めたところだ。

オンライン英語スクールは、フィリピンとつながっているところが多く、私が選んだところもそうだ。
人件費を考えるとフィリピンはコストパフォーマンスがいい。それに、ちゃんとした教育を受けた人ならば、訛りもほとんどない。
最近は、語学留学は英国やアメリカは費用がかさむので、フィリピンが地味に人気があるともきく。

それに、私がいいと思うのは、フィリピン人のとても明るい国民性だ。
語学の勉強は、楽しくないと続かないので、これは重要。

ところで、日本の公立中学・高校の英語教員にとって英検準1級が高いハードルだという記事を読んで、びっくりした。
私は高校にほとんど行っていないので、言えた義理ではないのだが、生徒の皆さんはしっかりお勉強はなさっているのだろうか、と心配になってしまう。
英語は、フィリピン人の教員についてもらったほうがいいんじゃないだろうか、とも思う。

だが、そんな人のことより、まずは自分のパワーイングリッシュをなんとかせよ、と自分に言い聞かせる今日この頃。

ニッポンの飛行機

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久しぶりに国内線に乗るために羽田空港に行った。
搭乗までまだ時間があったので、展望台へ。すると、バズーカのような大きなレンズつきのカメラを構えた人がいっぱい。ゴールデンウィークだから、皆飛行機を撮りにきたのかと思ったのだが、それは早合点だったようだ。

フェンスにずらりと並んだ「カメラマン」たちの間に、隙間があったので、そこに入れてもらって飛行機を眺めた。
すると、隣のバズーカ砲似のカメラを持ったお兄さんが、さっとカメラを構えた。
目の前では、エア・ドゥの機体がゆっくり動いている。ははぁ、エア・ドゥのファンか、と思ったら、お兄さんのバズーカ砲似のカメラは、さらに遠くを狙っている。
あの尾翼の赤丸は・・・ 政府専用機だ。

私は今回、安倍首相が乗った政府専用機を見たわけだが、政府専用機を見るのはこれで三回目になる。
前は、二回ともプラハで見た。一度は、天皇皇后両陛下、もう一度は小泉首相(当時)だ。
あのとき、政府専用機を見た感激は忘れらない。母国の政府専用機についた日の丸は、なんと安心するものか。外国で暮らしていると、いつもどこか緊張しているのだが、その緊張がふっと緩むのだ。

政府専用機は、もうずいぶん古いと思う。今度、新調するとのことだが、よいものにしてもらいたい。
例えば、サミットなどの際、各国の政府専用機がズラリと並ぶことになる。そのときに、あまりにもボロボロの飛行機が駐機しているのはどうだろう。

今回は、バズーカ砲似のカメラを持ったお兄さんがいたので、政府専用機を見ることができてよかった。
もし、彼らがいなかったら、知らずにそのまま搭乗ゲートに向かうところだった。
バズーカ砲似のカメラを持ったお兄さん、ありがとう。

パイロットの憂鬱

先月24日、ジャーマンウイングスのエアバス機が南仏で墜落した。
私はドイツのニュースをチェックしていたのだが、墜落のニュースが流れた当初は、古い機材であったことが原因のように報道がなされていた。実際、かなり古い機材だった。事故機は1991年製。1991年といえば、ウィンドウズ3.0のころだ。
ところが、一転。副操縦士の仕業だという。
精神を病んでいたのだとか。そして、そのことを誰も知らなかったのかというと、そうでもないことがわかってきて、航空会社の経営側がどんどん追いつめられている格好になっている。

ジャーマンウイングスの親会社は、ご存じルフトハンザだが、以前はそれほどストライキはやらないイメージがあったのだが、ここ数年ストライキが増えてきている。去年は、パイロット組合のストが相次いだ。
ストの理由は、年金制度の改悪だときいた。
スタッフの待遇が悪くなっているらしい。

ルフトハンザは、パイロットだけでなく客室乗務員の待遇にも手を付けている。LCCの登場により、航空券
値段が下がり収益が減ったからとのこと。
パイロットもそうだが、客室乗務員の組合もホームページを持っていて、様々な情報を発信している。
2012年9月のときのストライキについて、客室乗務員は、乗客にメッセージをだし、その中で安全性についても言及している。残念ながら、原文はすでに削除されてしまっているが、そのとき私が意訳したものがあるので、ご紹介しよう。

「アタシたちは、13カ月も経営陣と交渉してきました。クソたわけな投資をして、金が不足したら、アタシたちの待遇に手をつけやがった。ざけんじゃないよ。プロの保安要員としての誇りがあるのに、単なる空飛ぶウェイトレスになれってゆうの?悪いわね、アタシたち、ぶちかますから、よろしくね」

今回、精神を病んで飛行機を墜落させた副操縦士ばかりが責められるのだろうか?


千の窓を持つ街

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ティラナへいったとき、日帰りでベラトにも足をのばした。時間の都合もあり、ドライバー・ガイドを雇った。
ドライバー・ガイド氏は、気の良い青年で、英語を勉強して観光の仕事についているというプライドを持っていた。

アルバニアは、まだ発展途上であるものの、立派な高速道路もある。
ここでは、私のインチキくさいスラブ語がまったく通じなく、仕方がなく英語が通じるところは英語で、それもだめなときは、日本語とボディランゲージで、現地の人となんとかコミュニケーションをとった。
ガイド氏によると、この国ではイタリア語がけっこう通じるそうだ。海を挟んだ隣国がイタリアで、歴史的なことがあるからとのこと。
途中で寄ったドライブインで、さっそく私が知っているイタリア語を駆使してコーヒーを注文したら、英語で返事が返ってきて、なんとなく気まずかった。だが、エスプレッソはイタリア式で、まずまずのお味。

ベラトでは、ベラト城が最大の見所。城跡には、人が住んでいたり、レストランがあったり、博物館があったり。
オトーサンのパンツがひらひらと干してある世界遺産とは、珍しい。
城内の博物館は、そんなに期待していなかったが、すばらしかった。
オノフリ・イコン博物館というのだが、正教のイコンがきれいに残っている。
ここは、博物館専門のガイドというか学芸員さんがついてくれ、学芸員さんのアルバニア語をガイド氏が英語に訳し、それを私は日本語に脳内翻訳をするという流れだった。私のほかに、取材中の現地のジャーナリストもいて、一緒に話をきいた。
ところが、ガイド氏が私に英語で説明をしたとたん、学芸員さん、ジャーナリスト氏、両者から、英語でツッコミが入った。どうやら、訳し間違いがあったようだ。そして、学芸員さんは、私のためにアルバニア語のあとに英語でも説明をしてくれ、それがガイド氏より格段に上手な英語だった。
ガイド氏は、気まずいのでは、とは思ったが、「あっはっはー、彼は英語を話したねぇ」とあっけらかん。
さすが、海を挟んではいるものの、イタリアの隣国だと思った次第。

アルバニアでバレエ

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もう帰国してから二週間以上たってしまったが、ウィーンからアルバニアに行ってきた。
ウィーンからは、ティラナへ直行便があるのだ。
アルバニアといえば、25年前くらいまで鎖国をしていて、その後、国ごとねずみ講にひっかかるという、どこから突っ込んだらいいのかわからない国だ。
ウィーンの空港のゲートで、アルバニア人がたくさん搭乗を待っており、私もその中に紛れ込んでいたわけだが、皆空港スタッフとはドイツ語で話していた。おそらくは、移民だろう。こんなにオーストリア(もしくは近隣の国)にアルバニア人がいるのか!と驚いた。

いざ、ティラナへ着き、その晩はオペラ座でパレエがあることをチェックしていたので、さっそく出かけた。チケットは、バカ安だ。日本円で500円くらい。
ところが開演前にオペラ座に行くも、誰もいない。オペラ座スタッフが、私の姿に気付き、中に入れてくれたものの、コートを預けるクロークがない。仕方なく、コートを持ったまま「あっち」と指さされるほうに行くと、社会主義テイストあふれるホールだった。
もしかして、観客は私一人か、と誰もいないホールにポツンと座っていると、ガヤガヤと観客登場。西側の某銀行のバッジを付けた若い女性が、ここに座って!などと仕切っているので、もしかしたらお得意様のサービスなのかもしれない。

演目は「コッペリア」。生演奏ではなく、テープだったが、ダンサーのレベルはとても高い。
だが、観客のマナーが最悪。最初は、ムッとしたが、あまりにもあまりなので、もうあきらめた。
おしゃべりはもちろん、携帯電話で舞台を撮影するのだ。それも、複数で、暗くなった客席に
携帯の液晶がチラチラする。
そして、オペラ座の係員のオバサマが、その都度注意をしに通路を横切り、オバサマの見事な体格で視界が遮られるのだ。

ダンサーたちは、舞台から、客席の様子はわかっていたと思う。
それでも、見事に踊りきったのだ。ブラボー!
たぶん、彼らはウィーンやハンブルクに行きたいと思っているだろうな・・・ と考えながら、ホテルに戻った。