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サラエヴォのホテル

『サラエヴォの銃声』という映画を観た。
サラエヴォの“ホテル・ヨーロッパ”を舞台にして、サラエヴォの歴史と現在の問題を浮き彫りするという映画だ。
サラエヴォのバシチャルシァ地区にホテル・ヨーロッパは実在するが、映画にでてきたホテルはフィクションだろう。ホテル・ヨーロッパは紛争時に爆撃を受けて、ようやくリノベーションしたばかりだ。映画ではリネン室で働く女性が30年働いていると言っているが、その間ホテルは営業していなかったはず。

ホテルの屋上では、女性ジャーナリストがサラエヴォ事件や紛争についてインタビューをしている。
サラエヴォ事件とは、1914年オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナントがその妻と共に暗殺され、それが第一次世界大戦の引き金となった案件だ。ボスニアでは暗殺者ガヴリロ・プリンツィプが英雄とされていた。
それに、ユーゴ紛争。サラエヴォは戦場となり、多くの犠牲者をだした。
ボスニア・ヘルツェゴビナに住む人々のアイデンティティにつっこむインタビューだ。
そのシーンを見ていて、今は紛争はおさまり平和に見えるが人々の奥底には各民族に対する恨みが根深いことを感じた。

以前私はクロアチア語をクロアチア女性に習っていた。クロアチア語とチェコ語は共通するところも多く、クロアチア語でわからないところは適当にチェコ語で言うと、なんとなく通じるので便利だった。
あるとき、私は「パン」のことを「フレバ」と発音した。チェコ語では、パンのことをそういうので、思わずそう言ったのだが、先生はさっと顔色を変えて「どこで、習ったの!」
なんとセルビア語でも、パンのことはフレバというのだとか。私はチェコ語で言ったのだが、偶然セルビア語でもあったわけだ。クロアチア語ではクルフというので発音は異なる。
普段は朗らかな先生がそんなことをいうなんてびっくりしたが、心の奥底では日本人に理解できない思いがあるのだろう。

この映画を観て、そんなことを思い出した。
私の過去のサラエヴォの記事は、ここここにあります。




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