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苺のアイスクリーム

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キューバの映画といえば、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」がダントツに有名だと思う。
他にも「夜になるまえに」という名作がある。キューバ出身の作家、レイナルド・アレナスの自伝によるものだ。彼はゲイであったため、フィデル・カストロ政権下で迫害を受けてアメリカに亡命している。
また、同じようなテーマで「苺とチョコレート」という作品もある。私は、こちらのほうが好きだ。
主人公にからむゲイの男性が、いい味をだしていてオシャレな雰囲気なのだ。
「苺とチョコレート」に出てきたアイスクリーム・ショップが、なんとも素敵で行ってみたいと思っていた。

店の名前はコッペリア。バレエも同名の作品があり、名前からして洒落ている。
地元の人に尋ねつつ辿りついたコッペリアは、遊技場も兼ねているようでなかなか立派な造り。敷地内に入ると、ガードマンに「あなたはあちら」と言われ、アイスクリーム・スタンドのほうへ誘導された。
こちらはフードコートにあるようなプラスチックのテーブル&椅子。残念ながら、映画にでてきたテラス席には外国人は入ることができず、遠くから眺めるだけ。おそらくは、外国人は兌換ペソ、キューバ人は人民ペソと使用通貨が異なり、さらにアイスクリーム代が違うからだと思う。
だが、もしテラス席が外国人用だったら、キューバの人々はきっと怒る。だから、今はこれでいい。でも、次に行くときは地元の人と一緒にテラス席に座りたい。

私は、アイスクリーム・スタンドで苺のアイスクリームを注文し、プラスチックのテーブルで戴いた。

キューバの五寸釘

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駆け足で、この年末にキューバ、ハバナに行ってきた。
去年アメリカとの国交を再開し、これからキューバは急激に変わるだろうとのことで、おっとり刀で駆け付けた格好だ。
ここのところ、すごい勢いで観光客が増えており、ホテルの確保が難しく、私もようやく空室を見つけた。需要と供給の関係で、ホテル代は高い。まったくこんなところだけ資本主義。キューバは、まごうことなく社会主義国家だというのに。

私はチェコに住んでいたし、添乗員をしていた頃、旧共産圏によく行った。だから、ハバナ空港に到着したとき、なんとなく郷愁を感じてしまった。社会主義国家では、とにかく並ぶ。なんでも並ぶ。空港に着いた途端、荷物のピックアップに1時間かかったのを皮切りに、両替、タクシーと長蛇の行列に並んだ私。こういう時は、おとなしく並ぶ。仕方がない。それが掟。あらかじめホテルには、利用便を連絡してあったので、すぐに部屋に入ることができるように支度してくれていたのでよかった。それでも、ベッドに入ったのは、真夜中の2時を過ぎていた。予定通りだったら、日付が変わる前に床に就いていたのだが。

翌朝、有名な革命広場に行ってみた。壁に巨大なチェ・ゲバラの顔が描かれている建物に面した広場だ。社会主義国家の特徴として、とにかく広い広場がある。これは、労働者諸君が集会をするためだ。だだっ広い革命広場の端では、観光用にショッキングピンクに塗られたクラシックなアメ車の運転手が客引きをしている。
ベルリンの壁が崩れ、旧東欧は急激に変わったが、それと同じ匂いがする。

そして、マレコン通り。
映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の最初のシーンにでてくる海沿いの道路だ。波が高い日は、堤防を波が越え、海水が道を洗う。私も、波が堤防を越えるのを見た。なかなかの迫力。
このマレコン通りにアメリカ大使館があり、星条旗がはためいている。キューバとアメリカ、今や両国には国交があるので、当たり前だ。
ところで、その前に無数の旗ポールが乱立している。聞くところによると、カストロがアメリカ憎しとここに大量の黒旗を掲げたという。まさに「呪いの五寸釘」である。 まったく気味が悪い。恐らくは、この五寸釘もそのうち撤去されると思う。

フィデル・カストロもチェ・ゲバラも、英雄扱いするのはいいが、すでに鬼籍に入り過去の人だ。
そして、ベルリンの壁が崩れた26年前から、マルクス、エンゲルスはすでに古典となっている。
またひとつ、世界から社会主義国家が消えようとしている。

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旅行人160号特集キューバ・革命の島を徹底ガイド!

旅行人160号特集キューバ・革命の島を徹底ガイド!

  • 作者: 松尾 よしたか
  • 出版社/メーカー: 旅行人
  • 発売日: 2009/06/01
  • メディア: 雑誌



悲しみのクリスマスマーケット

12月19日は、大変なことが立て続けに起こった。

駐トルコロシア大使が射殺される
それを受けたのか、
テルアビブ発イスタンブール行きのイスラエル機が緊急事態を宣言して引き返す
チューリッヒのイスラムセンターで発砲
プリュッセル対テロ部隊が交戦

その中でも、私がよく知っている場所だということで、ベルリンのクリスマスマーケットを狙ったテロはショッキングだった。
カイザーヴィルヘルム記念教会前のクリスマスマーケット。このあたりはベンツのマークがシンボルのオイローパセンター、クーダムというショッピング通りに近く、観光客も地元の方もたくさん訪れるところ。
テロ直後、ベルリン警察は、市民に外出を控えるよう呼びかけた。12/21現在、まだ犯人は捕まっていない。
ベルリン市民は、さぞ恐ろしい思いをしていることだろう。
外務省は「ドイツ:ベルリン・クリスマスマーケットへの車両突入事件に伴う注意喚起 」を出している。

テロは、ベルリンのクリスマスマーケットにトラックが突っ込む形でニースのそれとよく似ている。無差別で実に卑劣。ISが犯行声明をだしたようだが、まだヨーロッパのどこかで犯人は逃走中。(12/23追記 ミラノで犯人が射殺される)
ところで、テロに使われたトラックはポーランド国籍だったとのこと。日本では、ポーランド人運転手が乗っていたとしか報道されていないが、ポーランドの主要日刊紙ジェチポスポリタでは、詳細が報道されている。有志の方の訳文は以下に。この勇敢な運転手さんに哀悼の意を表します。
(追記、日本でも報道がでました)



ベルリンでのテロの実行にトラックを使われた37歳のポーランド人トラック運転手は犯人と戦い、トラックが停車してから撃たれたと19日に起きた悲惨な事件を時系列で再現したビルト紙は書いている。
クリスマスマーケットにいた人々に大型トラックが突っ込んだ事件では11人が犠牲となり、48人が負傷。この事件の実行犯はいまだに拘束されていない。
ポーランド人の運転手が〔犯行時〕運転していなかったのは疑いの余地がなく、犯行を妨害しようとし、鋭利な物で傷〔原文複数形〕を負わされた。その後、車が停車してから犯人は運転手を射殺して車から逃走したとビルト紙はニュースを掲載した。
同紙は、ポーランド人運転手は実行犯が何を計画しているのかを知り、おそらく何とか犯行を阻止しようと試みたと掲載。犯行に使用されたトラックを保有する運送会社の社長で被害者のいとこでもあるアリエル・ジュラフスキ氏はすでにその前の段階で、遺体に残された傷から襲撃犯と戦ったのだということがわかると語っていた。

ドイツでのアタックが4回

この1週間ほどで4回も起こったドイツでの事件。
テロではない案件もあるので「事件」としか書けないのだが、英語だと、どれも「アタック」だ。
つまり攻撃されたということ。
去年の大晦日に起こった事件も衝撃的だったが、今回は死者もでている。いったいドイツはどうしたのだろう。

7/19には、ヴュルツブルク近郊の列車内にてアフガン系少年が斧で乗客を襲撃。
7/22にはミュンヘンのショッピングセンターで、イラン系の少年が発砲。7名死亡。
7/24にはアンスバッハのミュージックフェスティバルの外でシリア人難民申請者男性が自爆。1名死亡。
おなじく7/24にロイトリゲンでシリア人難民申請者男性がなたで襲撃。1名死亡。

テロだと思われるのは、7/24のアンスバッハだけだが、犯人がすべてイスラム系であろう外国人であるのが気になる。
シリアからの難民がドイツをめざして大移動してから、約10か月ほどたつ。
ドイツは子どもや女性、老人だけでなく、壮年男性まで受け入れて大丈夫なのかという議論はあったのだろうが、そんな心配が的中したのかもしれない。

第二次世界大戦後、ドイツは戦争で若い男性が亡くなってしまい働き手がおらず、トルコからたくさんの労働者を受け入れた。問題はあるものの、おおよそはうまくいきドイツは発展した。
一方、フランスは戦前の植民地支配がひどく、イスラム系の人々からの恨みは相当なもので、フランス人も、どこかで仕返しされるのは仕方がないと思っているフシがある。
ドイツとフランスは、隣同士でも決定的に異なる。
だから、ドイツの人々のショックは相当なものだと思う。

台北のスコール

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駆け足で台北に行ってきた。
思い立ったら、パッと行くことができるのが台北のいいところ。
今回は、9年ぶりに友人に会えるので、さらに楽しみだった。

彼女とは、フランクフルトの語学学校で一緒だった。とても明るい性格の女の子だ。
会ってみると、9年の年月はなんのその。くるくると動く彼女の丸い目はそのまんま。
共通言語はドイツ語なので、ドイツ語で話したのだが、台北の街中で台湾人と日本人がドイツ語で会話しているのは、傍からみたら、ちょっとシュールかもしれない。
なんのことはない、9年前とおなじく日本の俳優の噂話がおしゃべりのテーマ。

台北には二晩泊まったのだが、二日とも夕刻にスコールがあった。
友人によると、いつもこんな風なんだとか。某有名小龍包屋の前のアーケードで、雨宿りをしながらそんな話をした。



旧ユーゴスラビアの歌姫

残念ながら日本ではそれほど有名ではないけれども、かつての旧ユーゴスラビアの歌姫のヤドランカさんは日本で活動していたことがある。
おとといヤドランカさんが亡くなったと聞いた。

私は、ヤドランカさんにインタビューの機会を与えていただき、彼女の故郷「ユーゴスラビア」の話を聞いた。そして、ヤドランカさんの歌の歌詞は「セルボ・クロアチア語」だということも。
レコーディングのため日本に来ていたとき、母国の内戦が激しくなり帰るに帰れなくなり、日本で活動していた方だ。今は、「ユーゴスラビア」も「セルボ・クロアチア語」もない。それぞれの国、それぞれの民族のことばということで、国もことばも分裂してしまった。

ヤドランカさんは、サラエヴォ・オリンピックのテーマソングを歌ったユーゴスラビアの歌姫。チトーも、ヤドランカさんの歌が好きだったと聞いたことがある。

6-7年前だったと思うが、JICAのイベントでヤドランカさんの弾き語りを聞いたことがある。そのとき、ご自宅で転んでしまったとかで、足を悪くされていた。そして、東日本大震災の頃にお国に戻られたようだ。
旧ユーゴ、今はボスニア・ヘルツェゴビナがヤドランカさんの故郷で、そこでずっと闘病生活を送られていた。ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病だったらしい。

最期まで、たいへんな苦労をなさったヤドランカさん、どうぞ安らかに。

↓ 売り切れでプレミアつきの古本しかありませんが、ヤドランカさんのインタビューが載っています。





アドリア海のおはよう波―シンガーソングライターヤドランカの音とひかり

アドリア海のおはよう波―シンガーソングライターヤドランカの音とひかり

  • 作者: ヤドランカ
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2009/10
  • メディア: 単行本



沖縄の地理

海兵隊を解雇されたロバート・D・エルドリッヂ博士の『オキナワ論』を読み終えた。
発売されてから、話題になっている本だ。

沖縄には、米軍の基地があり、昨今、それをどこぞやに移転させるだなんだと姦しい。博士の本を読むと、その議論の全貌が見えてくる。本州には、なぜか流れてこない情報が満載だからだ。

ふつう日本地図は、北海道を上にしたものを見慣れている。
ところが、地図をぐるっとまわしてみて、中国大陸から日本列島を見てみるとビックリする。中国から太平洋にでようとすると、日本列島は砦のようになっていて、沖縄はその中でもちょうど通過ポイントのようなところに位置している。
東京を起点としないと、見えてこないものが見える。

歴史は陣取り合戦だ。沖縄のもめごとは、どこに利益があるのか考えてみる必要がある。
ところで、かつて成田の三里塚で暴れていた、いわゆる過激派が沖縄に移ったという話もきく。



オキナワ論 在沖縄海兵隊元幹部の告白 (新潮新書)

オキナワ論 在沖縄海兵隊元幹部の告白 (新潮新書)

  • 作者: ロバート・D・エルドリッヂ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/01/15
  • メディア: 新書



包囲された街

友人に勧められた本を読み終えた。
かつてユーゴ紛争のとき、サラエボで幼少時代をすごした人のメッセージを集めたものだ。
いまだにサラエボでは、当時の銃弾の跡が残っている。実際にそれを見ると、おぞましさにゾッとするのだが、リアルなメッセージを読むと、平和の尊さを改めて感じる。


サラエボは盆地であるので、包囲しやすかった。そして、民間人が狙われるというとんでもないことが起こったのだ。子どもも犠牲になり、仲良しの友人や家族が殺されたり、自分が怪我をしたり、そんなことが日常だった。

今、当時のサラエボと同じ状況に陥っている土地がある。個人としては何もできないとしても、世界で何が起こっているか、知っておくことは非常に大切なことだと思う。



ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992─1995

ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992─1995

  • 作者: ヤスミンコ・ハリロビッチ
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2015/10/26
  • メディア: 単行本



大晦日の出来事

去年のクリスマスイブの朝、私はウィーンにいた。
前日までまったく姿が見えなかった武装した警官が、街中に立っているのに気付いた。
警官同士、なかよくおしゃべりをしているので、緊張感はゼロだが、何かヘンだとは思った。
そうしたら、オーストリア当局がヨーロッパのどこかでテロが計画されているという情報をGETしたとか。
オーストリアは冷戦時代からスパイのメッカ。その後、ブリュッセルでテロリストの逮捕劇があったので、どうやら標的はウィーンではなかった模様。だが、警備してもらえるのはありがたい。

ところで、大晦日のドイツはひどかった。世界遺産の大聖堂で知られるケルンは、私がボンにプチ語学留学をしていたときに、しょっちゅう通っていた大好きな街だ。ここで、多くの女性が襲われたという。今まで考えられなかったことだ。そして、容疑者18人は亡命希望者だという。
まだ10代の女の子も強姦されたときいて、私はドイツ人ではないけれども、無節操に難民を受け入れた能天気さに怒りを感じる。
(ここにリンクを貼りますが、閲覧注意です)
(こちらは動画。同じく閲覧注意です。)

ご年配の方、お子さん、女性、怪我や病気の方などの難民は、保護すべきだと思う。
そして、そういった方々を受け入れるドイツ国家には敬意を表する。
ただし、今回は保護すべきでない人物も少なからず含まれている。
シリアには、きょうだいに男性が1人しかいない場合をのぞき、期間一年半の徴兵制がある。跡取りがひとりしかいない家庭をのぞき、シリアの壮年男性は、すべて軍事訓練を受けている予備役軍人だ。
ドイツ国民は、このあたり、どう考えるのだろうか。

アデーレに会いたい

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私がウィーンにいた2006年のことだが、クリムトの「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」がウィーンから、アメリカへ移動した。街中あちこちに「さようなら、アデーレ」と書かれたポスターが貼ってあった。
私は、この時期、クリムトの絵を見にベルベデーレ宮殿に行ったのだが、すでに「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」はなかった。
それ以前に、幾度となく見ている絵ではあるのだが、アデーレに「さようなら」が言えなかった。

ずっと気になっていたのだが、先週、ようやく「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」に再会できた。
今は、ニューヨークのノイエギャラリーにあるのだ。
ウィーンのベルベデーレ宮殿にあったころの「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」は、広いスペースをとって、シックな壁にかけられていたものだが、ノイエギャラリーでの扱いを見て愕然としてしまった。
狭い部屋に、安っぽい板が貼られ、そこにかけられていたのだ。

今、「黄金のアデーレ 名画の帰還」という映画が上演中で、私も見てきた。
正直、なんだかしっくりこない作品で、どうしてだろう、と考えたのだが、スピルバーグの「シンドラーのリスト」と同じ匂いがするからだと気が付いた。
エスティ・ローダーの子息であるロナルド・ローダーが、アメリカにきた「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」を1億3500万ドルで買い、ニューヨークのノイエギャラリーにおさめている。映画では、ローダーの購入額のことなどでてこない。

ノイエギャラリーで再会したアデーレは、私にはとても悲しそうな顔をしているように見えた。
ウィーンにあったほうが、大切にしてもらえただろうに。

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